長男を取り上げてくれた助産師さんは、中学時代の同級生の友だちだったんだ!
オカクミ
ミチルさん
オカクミ
ミチルさん
後田さんがね、背の高いミチルさんが友達って言ってたけど、苗字が分からないって言うから(笑)
オカクミ
ミチルさん
去年結婚したばかりなんですよ。
その後ミチルさんは、自身の結婚生活のことを話をしてくれたり、
私達夫婦へのダウン症の告知が生まれた日ではなく、数日遅かったことを気にして、それで良かったのか夜も眠れずネットで検索し続けていたり、
ミチルさんのお母さんに「どうして神さまは〜泣」と嘆きの電話をしたりしていたことを話してくれた。
助産師さんも苦しんでいたんだな、と知って意外だった。
私も苦しい気持ちを吐露した。
20代後半から2年半ほど不妊治療をし、3回目の人工授精でやっと授かったこと。
周りの友人たちは不妊治療なんてしなくても、すでに2人目を生んでいること。
それなのに私は…。
ミチルさんは行き場のない私の気持ちを、全身で受け止めるように聞いてくれた。
おかげでミチルさんと話している間は少しだけ、気を紛らわせることができたのだった。
しかし一度1人になれば、ネットで鬼のように検索し、ダウン症についてロクなことが書かれていないのを見ては途方に暮れていた。
受け止めきれない現実に、どうしようもなく打ちひしがれていた。
翌朝、ナースステーションにあるベビーベッドで寝ている長男を呆然と眺めていた。
この子はダウン症なんだ。
なんで?
どうして?
何がいけなかったんだろう?
そんなことばかりが頭の中をめぐっていた。
すると夜勤明けで帰る前のミチルさんがまた話しかけに来てくれた。
ミチルさん
だからこうやって保育器から出られるのって、なかなかないんです。
強いですよ!長男ちゃんは。
ミチルさん
私、オカさんが退院する明日は休みなんですよ〜!
私がオカさんとおしゃべりしたいから、2週間検診と1ヶ月検診、私の都合で予約取らせてもらいました!
オカクミ
うれしく思う一方で、やはり長男がダウン症だという現実の方が重たくのしかかっていた。
今思えば3日で保育器を出られたのは本当にすごいことだったのに、そこまで頭が追いつかなかったのだ。
うつむきながら、ベッドで横たわっている長男の足をさすっていると、ミチルさんが手を差し出してきた。
ミチルさん
ミチルさんは私の手を両手で握ったのだった。
つづく。
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