生まれた息子がダウン症と判明。その時助産師さんがかけてくれた意外なコトバ。

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こんにちは、オカクミです。

私が住んでいる地域では朝はひんやりと肌寒くなってきました。(この記事を書いたのは2020年9月17日)

中学生のころ、ちょうどこの時期に体育祭が行われていたものです。

私は体育祭が大好きだったので、少し肌寒くも、まだ暑さが残るこの季節になるとなんだかワクワク、ドキドキしていました。

それが今では、ちょっぴりほろ苦い気分になったりして。

長男は2017年のこの季節に、産声をあげました。

生まれた瞬間からなんだか胸騒ぎがして、心から喜べなかった自分。

そんな私を支えてくれる人がいました。

この記事ではダウン症の長男を出産した当時のことを書きつづります。


出産時のこと

 

おしるしがあったのは出産の二日前。

ついに会えるんだ!

という思いと、

「これから経験する陣痛の痛みがどれだけ痛いんだろう…?」

という、期待と不安が入り混じった気持ちになったことを覚えています。

Twitterのフォロワーさんから、

まだ陣痛が来ないならゆっくりお風呂に入った方が良い

とのアドバイスを受け、ドキドキしながら湯船に浸かっていました。

その夜中から、生理痛の少し強いような感覚1時間おきぐらいにあり、アプリで陣痛の感覚を測りながら、寝れない夜を過ごしました。

朝6時半、アプリで陣痛の間隔を計測中に

パシュッ!」という音(感覚?)とともに

ダバダバダバーーーッ!!!!

と、勢いよく羊水が。

破水した瞬間でした。

慌ててトイレに駆け込み、破水したとき用のナプキンをつけると、なにかを察して起きてきた夫が目を覚ましています。

「今破水したから、産院に行かないかん!車すぐ出せる?!」

普段はのんびり動く夫が、この時ばかりはすぐに動いてくれました。

産院に着くと、即入院。

「回復室」なるところに通され、陣痛が強くなるのを待ちました。

母と義母も駆けつけ、今か今かと待ちわびています。

しかし、1時間経っても3時間経っても5時間経っても陣痛は強まらず。

結局その日は陣痛が強くなることはありませんでした。

そして翌日の朝、7時30分に陣痛促進剤が注入されることに。

一気に来た激しい痛み。一緒にいた母や夫に激しく悪態つきながら(笑)

3時間ほどで長男は産まれて来ました。

初めて顔を見た時に感じた違和感

ー小さな産声。

こんなもんかな?とボンヤリ思っていると、タオルに包まれた長男が私の顔の横に連れてこられます。

初めて見る、わが子の顔。

ウキウキしながら見てみると、すぐに違和感を覚えました。

誰に似てるかな?

私が長男へかけた、初めての第一声がこれでした。

その後、助産師さんたちから連れて行かれ、私は分娩台の上で1人モヤモヤしていました。

予定日より2週間早いし、何日か前に行った妊婦検診ではまだ2500gを超えてなかったような…。

ちゃんと2500g超えたのかな?

それに、あの目

本当に誰に似たんだろう

そんなことを思っていると、長男と対面した夫がニコニコしながら

イケメン!イケメンだったね!

と私に声をかけに来ました。(立ち会い出産ではなかったので)

上機嫌な夫と話していると、長男が再び連れてこられました。

助産師さんが

皆さんで写真を撮りましょう♪

と提案してくれたので、分娩台に横たわったままの私を囲んで、夫と母と長男の4人で写真を撮りました。

夫と母は幸せそうに笑っています。

 

 

ー私だけが。

訝しむように息子を見つめていました。

笑って写れば良かったのに…今となっては長男に本当に申し訳なく思っています

写真撮影のあと、助産師さんが

「赤ちゃんがちょっと呼吸が安定しないので、これから保育器に入ります。

ママ、またね〜!」

と声をかけて長男を連れて行きました。

分娩台で2時間ほど過ごした後、これから5日間滞在する部屋(個室)へ。

ベットで横になっていると、母が産まれたばかりの長男の写真を愛おしそうに見せてくれます。

 

…やっぱり、なんか違和感が。

「なんか、ダウン症じゃない?

私が言うと、母は

何言ってるの!!

あんたも産まれたばかりの時はダウン症のような顔してたのよ!」

と言いました。(母のセリフに思う事は色々ありますが、この場では割愛します(笑)

 

ー私の思い過ごしかな?そうだと良いけど…。

 

長男は3日後に保育器から出ることができました。(生後4日め)

それまで助産師さんからは

赤ちゃんの呼吸が安定しないので、もしかしたら大学病院に搬送することになるかもしれない」

と言うことを伝えられていました。

 

実は私自身、仮死状態で生まれ1ヶ月間保育器で過ごしたという過去があります。

首にへその緒が巻きついていた上に(しかも2重!)逆子だったので帝王切開で生まれる予定でした。

なのに破水してしまい、普通分娩にならざるを得なかったようです。

それでも私は何の障害も残らず、ピンピンしていることから、長男に関しても特に心配はしていませんでした。

ただ、他の子に比べて全然泣かないな、聞こえてるのかな?

と、心配はしていました。

告知

保育器から出た4日目、助産師さんから

「先生(ドクター)から話があるので、必ずご主人も同席して下さい

と言われました。

夫に仕事を早退してもらうように頼み、午後から来てもらいました。

夫が到着したあと、診察室に呼ばれます。

先に私の内診を終わらせると、先生が話しはじめました。

要領を得ないような長い長い前置き。

「…これは一体、先生は何が言いたいのだろう?」

と訝しみながら先生の目を見たときです。

 

それまで不自然に笑っていた先生が、急に苦い顔で語りかけてきました。

「実は…長男くんの発育などで、気になることがあります。

長男くんは、もしかしたら障害がある可能性があります。

それは、ダウン症です

オカさんの年齢では、1000人に1人の確率です。」

 

 

 

…やっぱり。

 

 

そうだったんだ…

 

目の前の景色から、一気に色が無くなって行きました。

先生の顔も、今いる診察室も、みんな真っ黒

 

 

私が不妊治療をしたから?

私の妊娠中の過ごし方が悪かったから?

何がいけなかったの?

 

 

 

やっとのことで病室に戻り夫と何か話しましたが、何を話したのか覚えていません。

母や義母さんが来てからも、崩れ落ちるように泣いていました。

止めようにも止まりませんでした。

出産をなかった事にしたい。

不妊治療なんてしなければ良かった

そもそも、私が生まれた時に助からなければ良かったのに……!

 

 

30余年生きてきて、辛いこと、大変なことは沢山あったけど

今回に比べたらどれもかすり傷にすらならないんじゃないかと思うくらい

どうしようもなく辛く、受け入れ難い現実でした。

助産師さんの意外な言葉

告知された日の夜。

長男を取り上げてくれた助産師さんが夜勤で、心配そうに私の様子を見に来てくれました。

この4日間、私を見つけてはいつも話しかけてきてくれた助産師さん。

そんな彼女を見ると、また涙が出てきました。

私の姿を見て、彼女は

「受け入れられないですよ。」

と言い、何も言わずに寄り添ってくれたのです。

この言葉は私にとってかなりの衝撃でした。

普通なら

母親なんだから頑張りなさいよ」とか

ちゃんと受け入れなさいよ」とか

大丈夫、ちゃんと受け入れられるから」とか

親なら〜的なことを言われることが多いような気がします。

しかし、助産師さんの言葉で

受け入れられないのは当たり前のことなんだ。

と思えました。

助産師さんは、その時受け入れられないでいる私を

そのまま・ありのままに受け止めてくれたのです。

このとき私は、

人生で初めて、人から寄り添われたと感じました。

人に寄り添うというとはどういうことかを教えてもらったように思います。

 

あの日の夜、助産師さんとは色んな話をしました。

看護師になった理由、学生時代にしていたアルバイト、ご主人のことetc…

助産師さんとおしゃべりして、気を紛らわせることが出来ました。

本当に感謝しています

助産師さんとは共通の友人がいたことが判明し、退院後も繋がることが出来ました。

次男を出産したときも、その助産師さんが担当してくれたのです。

まとめ

3年近い不妊治療(不妊治療を書いた記事)の末、ようやく授かった長男がダウン症。

この現実を受け入れるまでには、かなりの時間を要しました。

私の人生はもう終わったし、一生幸せになれないと途方に暮れる日々でしたが、助産師さんがかけてくれた言葉や、退院後も寄り添って下さったことで、少しずつ前を向くことができました。

長男を取り上げてくれた助産師には本当に感謝しかありません…!

ここまで読んで頂きありがとうございました^^

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その後の助産師さんとの話はこちら!

うれし泣きを知った日①(もう一生幸せになれない)

 

 

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