こんにちは、オカクミです。
今年も今日で終わります。2023年は、40年近く生きてきた中で最もハードな1年でした。
試練のオンパレード。悲しみのわんこ蕎麦。苦しみの同時多発。
X(旧Twitter)では努めて前向きな?つぶやきを心がけていましたが、現実では何度か発狂し、とにかく生きることに必死でした。
そんなオカクミの2023年を垣間見てやっても良いよ、って方がいたらぜひ最後まで読んでやって下さい。
目次
職場復帰
この春、育休が明けて職場復帰を果たしました。実に5年ぶりです。
こんなに長期で育休が取れるのは、なかなかないことだと思います。ありがたいことです。
職場には思うことはたくさんありますが、育休に関しては心から感謝をしています。
ただやはりこの5年のブランクを取り戻すのは、もう本当に大変で、辛かったですね。
育休中は資格を取得したり、時間を見つけては本をたくさん読んだり、ブログを開設したり、たくさん挑戦してきたという事実が、仕事勘を忘れてしまった自分自身の心を支えるものでした。
私自身、育休前はバリバリやっていたのに仕事の知識がすっ飛んでいってるし、システムも変わって戸惑うことばかり。
そんな私の姿を見た若い子から
できないんならそこ置いてて下さい!
私がやっときますから!
などと吐き捨てられたりして。
屈辱もいいところでしたね。
でもとにかく、余計なことは考えずに仕事を早く覚えることに集中するように心がけていました。
次男・保育園入園
4月から、3歳の次男が保育園に入園。
3月生まれの次男は3歳になったばかり。1歳からいるお友だちと比べ、集団行動に慣れるまでが大変でした。(後述)
でも彼なりになんとか頑張ってくれて、今月あった学芸会では活躍するまでに成長してくれました。
ダウン症の長男がまさかの大病発覚で緊急入院!
職場に復帰してすぐのことでした。
長男が何日も機嫌が悪く、歩きたがらなかったり微熱が続いたりして、
いつもの体調不良とは何か違うな…と胸騒ぎ。
検査の結果、
白血病と判明。
その場で国立の病院への紹介状を渡され、緊急入院することになりました。
(このときの詳細を書きたいのですが、思い出すと涙が止まらなくて辛くて仕方がないので、今回は省かせていただきます。)
付き添い入院は夫がすることに。
私は次男と2人で過ごすことになりました。
次男と涙の2人暮らし
次男はある日突然始まった私との2人暮らしにさめざめと泣く日々でした。
おまけに初めての保育園での集団生活。
早生まれもあって周りのお友だちと比べ、できないことがたくさん。
重度知的障害のある長男に生活基準を合わせていたものですから、家でのりやハサミを使わせたこともありませんでした。
そのため、担任の先生から叱責されることが多く、私自身も先生から
次男くんが色々とできなくて、クラスで浮いちゃってます。
家庭でしっかり指導を〜
…みたいなことを言われました。
次男は確かにできないことがたくさんあったかもしれません。
しかしそれは次男のせいではなく、私自身の至らなさだったり、何より急にパパや長男と離れ離れになってしまったことでかなり弱っていたからです。
あまりにも担任の先生が次男の心情を考えてくれないため、園側に苦情をいれることに。
園側からは、わが家の事情を把握しているのに次男に対する配慮がなかったことの謝罪はちゃんとしていただきました。
その際、主任の先生から
次男くんは、お兄ちゃんのこと大好きですよね!
よく「長男ちゃんに会いたい、長男ちゃんに会いたいよ」って私たちに言ってたんですよ〜!
と、次男が保育園の先生たちに長男に会いたがっていることを教えていただきました。
私の前では
パパ、いつ帰ってくるの?
としか言ってなかったので、長男のことは特に気にしていないのかと思っていました。
こんなに小さい次男が急に始まった保育園と私との2人暮らしで、どれだけの寂しさと戦っているんだろうと思うと…もう切なくて辛くて……
ただ長期の治療が無事に終わるのを待つしかない現実。
その夜は1人リビングで号泣しました。
こんなに泣いたのは、長男が生まれてダウン症と告知された日の夜以来だったかもしれません。
【絶望】生まれた息子がダウン症!受け入れられない現実に助産師さんからの意外なコトバ。案の定、泣きすぎて翌日は目が腫れてしまいました。
人と接する仕事なのに、泣き腫らした顔で働く羽目に。
あんな顔で出勤するのはプロではなかったな、と反省しました。
それ以来、夜中に泣きたくなっても必死で気を逸らし、今の自分ができること・やるべきことに集中するようにしました。
その一環で、ビジネス会計検定3級を勉強し、合格することができました^^
家族そろって過ごす年末
治療が順調に進んだおかげで、長男は無事に退院することができました。
寛解まではあと2年ほどかかるようですが、とりあえず一安心。
抵抗力が弱くなっているので、まだしばらく家族で旅行はおろか、ショッピングモールすら行けません。
しかし次男が素敵な言葉を覚えてくれました。
長男ちゃんが元気になったら、みんなで◯◯(場所名)行こうね!
私と2人ではなぜか行きたがらないので、長男の抵抗力が戻るのを心待ちにしています(笑)
まとめ
ダウン症の長男の病気は、家族全員が協力しあいながら乗り越えることができました。
長男がいなくなるかもしれないー
そう思うと、本当に生きた心地がしませんでした。
長男が生まれてダウン症だと判明したとき、
一生この子の面倒を見ないといけないのかな…。
なんて悲観していたこともありましたが、命にかかわる病気になって
神さま、どうかこの私に、
長男の面倒を一生見させてください。
お願いします…!
…と祈りつづけました。
仕事が休みの日には近所の神社に行き、何度もお参りしました。
こうやってあらためてふり返ると、私自身も本当によく頑張りましたよね。
職場では頑張ること・平常心で働くことが当たり前なので、ミスをしたり至らないことがあったりする自分に何度も何度も凹みました。
私にはワーママ無理だ、辞めてしまいたいと思ったことは数知れず。
でもなんとか、この2023年を生き抜くことができたのは私のことを支えてくれた方々がいたからです。
優しい声をかけて下さったフォロワーのみなさま、療育センターの先生、学生時代の友人たち、実母、夫。
みなさまのおかげです、本当に。
2024年もオカクミのことを、どうぞよろしくお願いします。
来年がみなさんにとって良い1年になりますように^^
(私はイージーモードになりますように。。)
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